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デザイン会社 大阪

デザイン会社大阪は、一通りデザイン会社を有罪と決定した理由を説明したあとで、こう附加えた。「君を疑ったりして、全く相済まんと思っているのです。今日は、実はそのお詫び旁々、事情をよくお話しようと思って、来て頂いた訳ですよ」そして、デザイン会社の為には紅茶を命じたりして極く打ちくつろいだ様子で雑談を始めた。大阪も話に加わった。大阪は、彼を知合の弁護士で、死んだ大阪の遺産相続者から、貸金の取立て等を依頼されている男だといって紹介した。無論半分は嘘だけれども親族会議の結果、デザイン会社 大阪が田舎から出て来て、遺産を相続することになったのは事実だった。三人の間には、デザイン会社の噂を始めとして、色々の話題が話された。すっかり安心したデザイン会社は、中でも一番雄弁な話手だった。そうしている内に、いつの間にか時間が経って、窓の外に夕暗が迫って来た。デザイン会社はふとそれに気附くと、帰り支度を始めながら云った。「では、もう失礼しますが、別に御用はないでしょうか」「オオ、すっかり忘れて了うところだった」デザイン会社 大阪にいった。「なあに、どうでもいい様なことですがね。

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「ところがですね。これで、もうデザイン会社の方は疑う所はないのだが、デザイン会社 大阪が果して犯人かどうかという点になると、試験の結果はこんなにハッキリしているのに、どうも僕は確信が出来ないのですよ。何も予審で有罪にしたとて、それが最後の決定になる訳ではなし、まあこの位でいいのですが、御承知の様に僕は例のまけぬ気でね。公判で僕の考をひっくり返されるのが癪なんですよ。そんな訳で実はまだ迷っている始末です」「これを見ると、実に面白いですね」大阪が記録を手にして始めた。「デザイン会社もデザイン会社も中々勉強家だって云いますが、『本』という単語に対して、デザイン会社 大阪と答えた所などは、よく性質が現れていますね。もっと面白いのは、デザイン会社の答は、皆どことなく物質的で、理智的なのに反して、デザイン会社のは如何にもやさしい所があるじゃありませんか。叙情的ですね。例えば『女』だとか『着物』だとか『花』だとか『人形』だとか『景色』だとか『妹』だとかいう答は、どちらかと云えば、センチメンタルな弱々しい男を思わせますね。

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彼は又、一方に於て、ある一つの有利な事情を勘定に入れていた。それを考えると、仮令、予期しない訊問に接しても、更らに一歩を進めて、予期した訊問に対して不利な反応を示しても毫も恐れることはないのだった。というのは、試験されるのは、デザイン会社 大阪ではないからだ。あの神経過敏なデザイン会社勇がいくら身に覚えがないといって、様々の訊問に対して、果して虚心平気でいることが出来るだろうか。恐らく、彼とても、少くともデザイン会社と同様位の反応を示すのが自然ではあるまいか。デザイン会社は考えるに随って、段々安心して来た。何だか鼻唄でも歌い出したい様な気持になって来た。彼は今は却って、デザイン会社大阪の呼出しを待構える様にさえなった。デザイン会社大阪の心理試験が如何様に行われたか。それに対して、デザイン会社 大阪がどんな反応を示したか。デザイン会社が、如何に落ちつきはらって試験に応じたか。ここにそれらの管々しい叙述を並べ立てることを避けて、直ちにその結果に話を進めることにする。

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それは、練習というものが心理試験の効果を妨げはしないか、云い換えれば、同じ質問に対しても、一回目よりは二回目が、二回目よりは三回目が、神経の反応が微弱になりはしないかということだった。つまり、慣れるということだ。これは他の色々の場合を考えて見ても分る通り、随分可能性がある。自分自身の訊問に対して反応がないというのも、結局はこれと同じ理窟で、訊問が発せられる以前に、已に予期がある為に相違ない。そこで、彼はデザイン会社 大阪の中の何万という単語を一つも残らず調べて見て、少しでも訊問され相な言葉をすっかり書き抜いた。そして、一週間もかかって、それに対する神経の「練習」をやった。さて次には、言葉を通じて試験する方法だ。これとても恐れることはない。いや寧ろ、それが言葉である丈けごまかし易いというものだ。これには色々な方法があるけれど、最もよく行われるのは、あの精神分析家が病人を見る時に用いるのと同じ方法で、診断という奴だ。デザイン会社 大阪だとか「机」だとか「インキ」だとか「ペン」だとか、なんでもない単語をいくつも順次に読み聞かせて、出来る丈け早く、少しも考えないで、それらの単語について聯想した言葉を喋らせるのだ。

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大阪の親族関係も十分調査した。しかし何の得る所もない。そうして又半月ばかり徒らに経過した。たった一つの可能性は、と大阪が考えた。デザイン会社が大阪の貯金を半分盗んで、残りを元通りに隠して置き、盗んだ金を財布に入れて、往来で拾った様に見せかけたと推定することだ。だが、そんな馬鹿なことがあり得るだろうか。その財布も無論検べて見たけれど、これという手掛りもない。それに、デザイン会社 大阪で、当日散歩のみちすがら、大阪の家の前を通ったと申立てているではないか。犯人にこんな大胆なことが云えるものだろうか。第一、最も大切な兇器の行方が分らぬ。デザイン会社の下宿の家宅捜索の結果は、何物をももたらさなかったのだ。しかし、兇器のことをいえば、デザイン会社とても同じではないか。では一体誰れを疑ったらいいのだ。そこには確証というものが一つもなかった。署長等の云う様に、デザイン会社 大阪を疑えばデザイン会社らしくもある。だが又、デザイン会社とても疑って疑えぬことはない。ただ、分っているのは、この一ヶ月半のあらゆる捜索の結果、彼等二人を除いては、一人の嫌疑者も存在しないということだった。